2026年3月29日 礼拝「神に生きるために」ガラテヤ2:19~21 受難週
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今週は受難週です。今週金曜日に、主イエスは十字架で処刑され、来週日曜日に死者の
中から復活されました。私たちに罪の赦しを備えるため、私たちを罪から救うために、主
イエスは私たちのすべての罪をその身に負って、十字架で身代わりの処罰を受けてくださ
いました。私たちは今週、いのちを捨てるほどの愛で、私たちを愛してくださった、主イ
エスの愛に思いを潜めましょう。そうして、私たちも主イエスの愛に応えて、主イエスを
愛し、主イエスを自分の主として、主イエスとともに歩む歩みを追い求めましょう。
19節。パウロは、神に生きるために、自分は死んだと告白します。主イエスの十字架で
の死は、私たちが神に生きるため、ということが分かります。今日交読したローマ人への
手紙に、私たちがキリスト・イエスにつくバプテスマを受けたことは、キリストの死にあ
ずかり、キリストともに葬られたことだとありました。それは私たちが、キリストともに
死者の中からよみがえることで、新しいいのちに歩むためです。この、新しいいのちに歩
むことが、神に生きると言い換えられます。
パウロは言い切ります。私はキリストとともに十字架につけられました。私たちキリス
ト信仰者も、私はキリストとともに十字架につけられました、と言い切りましょう。キリ
スト信仰者は、キリストの死にあずかるバプテスマを受けました。キリストともに死んだ
のです。キリストともに死んだ者は、キリストとともに新しいいのちによみがえります。
だから20節の告白になります。このみことばは、私にとっても、とても重要な意味を持つ
ようになりました。私も、神に生きる、方向転換とされたからです。
もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。この
ことばは、私を生かすいのちとなりました。今日は私が、どのように神に生きる者とされ
たのか、そうしてどのように神に生きてきたのか、主の導きを証したいと考えています。
私はキリスト信仰者の両親の下に生まれ、扶と名付けられました。詩篇121篇からつけ
られた名前です。聖書 新改訳2017では「私の助けは主から来る。天地を造られたお方か
ら」と訳されています。文語訳聖書では「わが扶助は、天地を造りたまえるエホバより来
たる」でした。扶、本当に素晴らしい、神の約束を示す名前をいただきました。
私は生まれたときから両親とともに主への礼拝の場に連なり、素直に主イエス・キリス
トを信じる信仰が与えられ、中学2年の時にバプテスマを受けました。その恵みであるは
ずの時から、自分の信仰にブレが生じたのです。私は、クリスチャンらしい生き方をしな
ければならないと考え、自分の肉の頑張りで、それを行おうとしたからです。教会や、そ
ばにクリスチャンがいるところでは、クリスチャンらしく演じてはいても、それ以外のと
ころでは、悪さをしているという状態でした。パウロが告白したように、したいと願う善
を行わないで、したくない悪を行っている、まさにそのような状態だったのです。
霊的敗北の連続のような中で、主なる神のあわれみが注がれました。高校3年の夏に、
今日の聖書のことばが開かれたのです。「私はキリストともに十字架につけられました。
もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。今私が
肉において生きているいのちは、私を愛し、私のためにご自分を与えてくださった、神の
御子に対する信仰によるのです」と聖霊が示してくださいました。自分の頑張りで善を行
うことなどできない罪人だから、罪からの救いを求めて主イエスを信じたはずなのに、自
分の頑張りでなそうとする高慢です。肉の頑張りで善を行おうとする自分は死んだ。キリ
ストが自分のうちに生きておられ、そのキリストに頼って事を行えば良いのだと分かり、
肩の荷を降ろすことができました。キリスト信仰の真の素晴らしさが分かったのです。そ
うして神に生きることを求め始めました。罪の赦しと罪からの救いが分かったので、その
まま天の御国に移されても良いのですが、その後の地上生涯は、いわば「おまけの生涯」
と思わされたのです。神さまが導いてくださる信仰の生涯を楽しもうと考えました。
大学受験を控えていましたが、日曜礼拝と祈り会に欠かさず出席し、主の導きを求めて
祈り、また教会の皆さまに祈ってもらいました。第一志望の大学は落ちましたが、山形大
学に入学できました。大学には、聖書研究会のサークルがあり、水曜日には伝道のための
聖書研究、金曜日には信仰の成長を促すための聖書研究、昼休みの時間に毎日祈り会があ
りました。教会の礼拝、祈り会には欠かさず出席し、霊的養いを受け、信仰の友も与えら
れ、4年間の学びはとても有益な期間と言えます。主イエスがゲツセマネの園で「わが父
よ。できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしが望む
ようにではなく、あなたが望まれるままに、なさってください」と祈っておられますが、
自分の望みに固執するのではなく、父なる神の導きに従えば良いと教えられています。大
学の一年後輩として妻が入学してきます。学部が全く違うので、出会うはずのない二人
が、聖書研修会のサークルで出会い、やがて生涯の伴侶となるのですから、神さまの導か
れる道を進むことが最善となるのです。まさに、神に生きる、幸いです。
大学卒業後の進路について祈りました。直接献身をして伝道者となるために神学校に行
くか、社会人として、牧師や伝道者が行けない職場で証をし、一般信徒として教会を支え
るかと祈り求め、社会人の道に導かれていると思いました。今から50年前は、会社訪問の
解禁日は、大学4年の10月からと決められていました。まだ情報処理ということばが一般
的ではなかった時代ですが、情報処理を扱う会社をリストアップして、会社訪問のスケ
ジュールを組んで、1週間ほど東京で会社訪問しました。ある会社の訪問を終えたとき、
見知らぬ学生が声をかけてきました。競争相手のはずなのに不思議と思いました。彼は、
NEC日本電気がソフトウェアの子会社を設立したので、そこを受けてみてはと言ったので
す。急遽日本電気ソフトウェア株式会社への訪問を組み入れました。10社ほど入社試験を
受けたのですが、この会社だけが採用してくれたのです。おまけでの採用です。
勤務地はNEC府中事業場に決まり、当時の超大型汎用コンピューターの基本ソフトウェ
アの開発、保守の一部の担当することになりました。当時の超大型汎用コンピューターは
体育館くらいの広さに中央処理装置や各周辺器機など、数多くの器機が並べられていまし
た。性能としては、今のスマートフォンには到底及びませんが、当時は最先端でした。担
当している基本ソフトのプログラムの起動確認を行うときには、コンピューターの停止、
再起動が伴うプログラムの確認なので、他の人が使っていない深夜や休日に行いました。
当時NECでは、時間外労働は月30時間まで、水曜日は定時退社と決められていました。
ただし私たちの部署は、その決まりに縛られないとなっていたのです。私が働き始めたこ
ろは、情報処理の世界も、まだのんびりとしていたのですが、年々作業量は増えていきま
した。日曜礼拝、水曜祈り会は欠かさず出席できていましたが、時間外勤務が増えるにし
たがって祈り会に出席できなくなり、礼拝は何とか出席できるという状況になっていきま
した。仕事はおもしろく、充実してはいました。その頃の仕事の内容は、24時間コン
ピュータを動かし続けるために、複数の中央処理装置を連結して動かし、一つの中央処理
装置が故障して止まっても、その装置で処理していた応用ソフトウェアを、動いている他
の中央処理装置で動かすこと、止まった中央処理装置に何の問題が生じたのかを調査する
ための情報を収集すること、その情報を基に、故障の原因を突き止めることなどをしてい
ました。やり甲斐の仕事ではあるけれど、このまま会社勤めを続けて良いのだろうかと思
い始めました。8年目には、毎月100時間を越える時間外勤務は当たり前となり、教会生
活は礼拝を献げるだけで精一杯、家庭集会もできなくなりました。
結婚は、会社勤め2年の終わりころにしました。妻の勤務先の近くに家を借り、自転車
で30分ほどの距離に住みました。出勤、退社の途中に交番があり、深夜に帰宅するときに
時々、職務質問を受けたことも懐かしい思い出です。その後、職住接近が必要と考え、職
場の近くに引っ越をしました。住居を捜していたとき、アパートの管理人を求めているこ
とを知り、家賃を集めるなどの管理で、住居費が無料となるアパートに引っ越しました。
妻が管理の仕事をしました。これが神学校で学ぶときに大きな経済的助けとなるのです。
仕事が忙しくなる中で、妻と祈り始めました。このまま仕事を続けるべきか、止めて神
学校で学ぶべきかをです。東京府中市は人口25万人ほどでしたが、職場と住居がある府中
市南西部には5万人ほどが住んでいるのに、教会が一つもなかったので、その場所での教
会開拓をも祈っていたのです。そうして8年で退職し、神学校での学びに導かれました。
神学校3年の時に、無牧となった東村山キリスト教会に奉仕神学生として移り住むことに
なりました。子どもも3人与えられていて、子どもたちにとっても、良い環境が与えられ
たと感謝しています。卒業後は、東村山キリスト教会の牧師として迎えられ、9年間の奉
仕を通して、様々な訓練を受けることができました。この10年の東村山での奉仕は、開拓
伝道に向かうための必要な訓練、経験となったのです。神学校卒業してすぐに教会開拓を
始めたならと考えると、恐ろしくなります。
私のおまけの信仰生涯は、自分の望んだことではなく、神さまが導いてくださったこと
でした。その中で、府中開拓は、自分が望んだことと言えます。神さまが志を立てさせ、
事を行わせてくださったのです。後任牧師が与えられ、19年の府中での奉仕を終えること
ができました。石垣赴任は、一人の牧師が私に声をかけ、導きを求める中で実現しまし
た。この10年の奉仕、活動もまた、主なる神の奇跡の連続を見せていただいています。
19~20節。この告白は、パウロ個人の告白で終わらせてはなりません。キリスト信仰
者一人ひとりが、自分の告白とするべき告白です。神に生きるために、私の古い人は死に
ました。肉に従って生きる、罪の生き方をする私は死んだのです。私たちは一人ひとりみ
な、キリストともに十字架につけられました。私が生きているのではなく、キリストが私
のうちに生きておられるのです。今私が肉において生きているいのちは、私を愛し、私の
ためにご自分を与えてくださった、神に御子に対する信仰による、とあるとおりです。私
たちは救われて、すぐに、天の御国に移されませんでした。地上での信仰生涯が与えられ
ているのです。神に生きる生涯です。神さまが与えてくださっている、地上で神とともに
生きるための、おまけの生涯と言えます。自分の肉の頑張りで生きるのではなく、私のう
ちに生きておられるキリストとともに、キリストにあって生きる生涯です。そうしてどの
ような地上生涯に導かれたとしても、神の栄光を現す歩みとなるのです。
受難週です。私のために、神の御子は、十字架で身代わりの処罰を受けてくださいまし
た。いのちを捨てるほどの愛で愛されていることを深く覚えましょう。そうして、主の愛
に応えて主を愛し、主を愛するがゆえに、主が喜ばれる歩みを追い求めていく。主の助け
を受けて、主のみわざに参与し、用いられる信仰の歩みを求めましょう。
21節。行いによって義は得られません。神に義と認められるのは、信仰によります。神
の恵みに自分を委ね、主に喜ばれる道を選び取って、主とともに歩むのです。




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