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2026年1月1日 礼拝「愛のうちに建てられる」 エペソ4:16

  • hikaruumichurch
  • 2026年1月1日
  • 読了時間: 7分

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。2026年の初めの

日に、皆さまと、ただひとりまことの神への礼拝を献げることができ、感謝です。

 今日私たちは、エペソ人への手紙4章16節から、キリストのからだである神の教会は愛

のうちに建てられることを確認し、互いに愛し合う群れとして建て上げられることを確認

します。教会はキリストのからだです。1章21節に「教会はキリストのからだであり、す

べてのものをすべてのもので満たす方が満ちておられるところです」とあります。教会に

は、すべてのものをすべてのもので満たす方、キリストが満ちておられるのです。

 私たちのからだは不思議です、赤ちゃんとして生まれ、成長していくのも不思議です。

赤ちゃんの誕生それ自体が神秘です。一つの受精卵が細胞分裂を繰り返して、それぞれ全

く異なる機能を持つ器官となり、それらが組み合わされ、結び合わされて、からだ全体が

造りあげられて誕生してきます。その赤ちゃんが幼児に、子どもに、そして大人へと成長

していくのも、不思議そのものです。いのちのすばらしさ、力強さ、そして神様が備えら

れた生命情報の確かさを見させられます。

 エペソ人への手紙4章16節。教会はキリストのからだであり、キリスト信仰者である私

たちは、キリストのからだを構成する大切な器官として集められています。からだ全体は

愛のうちに建てられることになるのですが、それは、からだの各器官が、つまりキリスト

信仰者である私たち一人一人が、その分に応じて働くことにより成長していくことが必要

であり、それはキリストによってなされていくのです。からだ全体が建てられるために、

キリスト信仰者個々人の霊的成長が関係しているということです。

 私たちはみな、主イエスを信じて、キリスト信仰者となりました。主イエスの十字架で

の身代わりの死を自分の罪のためであると受け入れたことで、主イエスを自分の救い主と

信、自分の主と仰ぐ、全く新しい歩みを始めたのです。言い換えるなら、神のいのちに生

きる、霊的な赤ちゃんとしての誕生です。そうして霊的な赤ちゃんである私たちは、みこ

とばを栄養にすることで霊的な成長を遂げ、成熟した霊的大人へと成長していきます。

 ペテロは「生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、霊の乳を慕い求めなさい。そ

れによって成長し、救いを得るためです」と勧めています。純粋な霊の乳とは、混じりけ

のない神のみことばです。赤ちゃんが母乳を慕い求めて成長するように、キリスト信仰者

は、神のことばを慕い求めることで成長し、救いを確かにするのです。

 赤ちゃんはひたすら乳を飲みます。どんな栄養が含まれているかとか、今日のおっぱい

はまずいとか、薄いとか、余計なことは何も考えずに、おっぱいを飲み続けます。私たち

の霊的成長も同じです。純粋なみことばの乳が私たちを霊的に成長させます。解説書は参

考になりますが、それは純粋ではありません。その著者の考えや体験が含まれているから

です。参考にはなりますが、純粋なみことばの乳を慕い求めないで解説書ばかりを読む人

は本末転倒に陥ります。分かるとか、分からないとか、納得できるとかできないとか、自

分を中心にではなく、みことばそのものに養われることを求めることが大事です。

 16節。からだ全体は、愛のうちに建てられることになります。キリストによってとあり

ますから、一人ひとりがキリストにしっかりと結びつき、みことばに養わされ、霊的に成

長するにしたがって、からだ全体も愛のうちに建てられていくのです。私たち個々人が、

どれほど信仰的に振る舞っても、どれほど正統的に信仰を語っても、愛がなければ、神の

御前に何の価値もありません。交読した愛の章に記されていたとおりです。愛のうちに建

てられることを求めていくのです。

 しかし私たちは、自分の肉の頑張りで愛そうとしても、それは無理です。私たちは人を

愛する愛を持ち合わせていないからです。あなたの隣人を自分自身のように愛しなさいと

言われても、私の隣人とはだれでしょうかと、自分でその範囲を決めないととても愛せな

いと思います。そのような私たちですが、主イエスにとどまり、主イエスに教えられなが

ら、少しずつ、人を愛することを身につけていきます。主イエスにどのように愛されたの

かを味わい知っている私たちです。十字架を見続けるのです。私を愛して、私に罪の赦し

を備えるために、主イエスは十字架でいのちを捨ててくださいました。

 神の教会に集められているお互いは、主イエスに、いのちを捨てるほどの愛で愛された

お互いです。自分が主イエスに愛されたように、その人も主イエスが愛されています。主

イエスが愛されたその人を、私も主イエスが愛されたように愛するのです。私たちは愛さ

れる喜びを味わい知っています。だから、私たちは、主イエスの愛で、互いに愛し合う関

係を築き上げることができるのです。神の教会はそのようなところです。

 かつての私たちは、自己中心でした。自分さえ良ければと考えて、歩んでいたのです。

しかしそれが、自己中心が罪であることを知らされ、罪の赦しを求めて、主イエスを信じ

ました。私たちは神に愛されていることを知り、神の愛に応えて神を愛したいと思い、神

に愛されているお互いをも愛したいと思っています。この神の愛に生かされることで、神

の教会は、からだ全体は愛のうちに建てられることになります。

 16節。からだ全体が、愛のうちに建てられるに事になるには、からだの各器官、キリス

ト信仰者一人ひとりの成長が決め手となります。一人一人が、どれだけ神の愛を味わって

いるか、神に愛されているがゆえに、神を愛し、他のキリスト者を愛しているか、互いの

持ち味を生かし合って、組み合わされ、つなぎ合わされて、一人ひとりがその分に応じて

働いているか、が問われています。一人ひとりが成長する、その営みの中で神の教会は、

愛のうちに建てられてることになります。

 神の教会に集められている私たちは、神の家族とも言われます。創造者である、唯一の

まことの神を愛するお父様と呼ぶお互いです。キリストを兄と呼ぶ、主にある兄弟姉妹の

関係です。だから愛し合うのです。父なる神を愛し、兄弟姉妹を愛するのです。

 日々の祈りの中で、主にある兄弟姉妹を覚えて祈り合いましょう。祈りの手帳で各人の

祈りの課題を共有し、執り成し祈ることができます。祈り会に集まり、心を合わせて祈り

合うこともできます。その祈りの中で、神の家族に対して、具体的な助けを思いつくこと

もあります。そして助けることができます。

 主イエスは「受けるよりも与える方が幸いである」と言われましたが、私たちは、神に

対しても、教会に対しても、他のキリスト者に対しても、自分は何ができるかを考え、そ

のできることで互いに助け合い、仕え合うことを求めるのです。自分ができること、自分

がすべきことを求める時、私たちは、キリストのからだのそれぞれの部分として、その分

に応じて働くことになります。そうして一人ひとりが成長して、からだ全体は愛のうちに

建てられることになります。

 あらゆる節々を支えとして組み合わされ、つなぎ合わされるとありますが、これは仕え

合う、補い合う、労り合う、生かし合うと言い換えることができるでしょう。すなわち自

分ができることを、教会全体のために、他のキリスト者のために喜んでする、また自分に

なされたことは感謝して素直に受ける、これらの互いの関係も愛の現われです。

 キリストが私たち一人一人を成長させてくださいます。私たちはひたすら、純粋なみこ

とばの乳を慕い求めましょう。神のことばである聖書を開き、神のことばに触れ続けるこ

とが必要です。それによって成長し、救いを得させるのです。キリスト信仰者一人ひとり

が成長することで、からだ全体、キリストのからだである神の教会は、愛のうちに建てら

れることになります。

 キリストによって、光る海教会が、愛のうちに建てられていくのかを楽しみにしましょ

う。一人ひとりの霊的成長も楽しみです。純粋な霊の乳、混じりけのない神のことばに養

われて、互いに、霊的な成長を遂げる姿を見ることも楽しみです。2026年、神のことばに

養われる歩みを始めましょう。


 
 
 

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