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2025年12月28日 礼拝「主が良くしてくださったことを忘れない」詩篇103:1~5

  • hikaruumichurch
  • 2025年12月28日
  • 読了時間: 8分

 おはようございます。2025年最後の主日礼拝となりました。今年も一年、主なる神が

私たちとともに歩んでくださり、私たちを守り、支え、導いてくださった恵みを覚えて心

からの感謝をささげます。皆さまにとってこの一年は、どのような年だったでしょうか。

いろいろな困難や様々な問題に翻弄されたかもしれません。楽しいことや嬉しいこと、苦

しいことや悲しいこともあったと思われます。しかしどのような状況に置かれても、そこ

に主なる神はおられ、そのご支配によって私たちを守ってくださいました。

 私たちは意識していないと、恵みに慣れ、感謝や喜びは薄れていきます。だからこそ作

者は、主が良くしてくださったことを何一つ忘れるなと、自分に語りかけるのです。私た

ちも意識していることが大事です。主が良くしてくださったことを数えて、日々感謝する

のです。残された31日までの間に時間を作り、主の良くしてくださったことを数え上げ、

感謝を新たにする時を持ちましょう。その上で新しい一年を迎えることをお勧めします。

 1節。この詩の作者は、自分のたましいに語りかけます。「わがたましいよ 主をほめ

たたえよ。私のうちにあるすべてのものよ 聖なる御名をほめたたえよ」と。私たちも自

分自身に呼びかけましょう。主をほめたたえるように、自分の全身全霊を傾けて、創造者

である神、全知全能の神をほめたたえるように、自分に呼びかけるのです。

 2節。さらに作者は「主が良くしてくださったことを何一つ忘れるな」と、自分に命じ

ています。与えられた恵みを数え上げることで、主が恵みをもって導いてくださった事実

を深く覚えるのです。どうでしょうか。これまで主が、あなたのためになしてこられたす

ばらしい恵みのみわざを覚えておられるでしょうか。この1年はどうでしょう。主はどん

なに素晴らしいみわざをあなたのためになしてくださったか、数えるのです。ぜひ時間を

確保して、静かに自分の人生を振り返り、主の恵みを、一つ一つを数えてください。主の

恵み、主からの祝福がこんなにもあったのかと、感謝が溢れることになります。2025年

の一年を振り返り、受けた恵みを数えてみましょう。

 私たちは意識していないと、受けた恵みを忘れてしまいます。主が恵み深いお方である

こと、主は良きことを備えて、そこに導いてくださる方であることを覚えていないと、主

への信頼はなくなり、いろいろな問題に見舞われる時、神への信仰がぐらついてしまうの

です。主が恵み深く、祝福に満ちておられる方であると覚えているなら、諸問題に巻き込

まれても、主なる神への信頼は揺るぎません。私たちの父なる神は、私たちを最善に導い

てくださるお方です。「すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知ってい

ます」とパウロは宣言しましたが、まさしくその通りです。普段から、主の恵みを数え、

覚えていることが重要です。その状況がどれほど困難であっても、その直中に、主がとも

におられること、主の臨在を見失うことはありません。主イエスは約束されました。「わ

たしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます」と。インマヌエルの主がいつ

もともにいてくださることを忘れないようにしましょう。

 「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。あなたの行く道すべてにおいて、

主を知れ」と招かれています。この主の招きに、私たちは同意すべきです。順風満帆の時

はもちろんですが、逆風満帆に思える逆境においてこそ、同意すべきです。主なる神は、

信仰の試練を与えます。試練を通して私たちの信仰は鍛えられます。たとえ悲惨な状況に

置かれたとしても、主がその状況においての最善を、最良を行ってくださるのです。

 1~2節。自分に語りかけましょう。主をほめたたえることを、自分のたましいに命じ

るのです。私たちはクリスマスを通して、主なる神の、自分に対する大きな愛を確認しま

した。神としてのあり方を捨てて人となり、罪の処罰を一身に受けて十字架で処刑される

ために、この地上に来てくださった主イエスです。いのちを捨てるほどの大きな愛で愛さ

れていることを再確認しました。感謝に溢れ、主をほめたたえることを、自分のたましい

に命じることが大事です。主が良くしてくださったことを何一つ忘れるなと。

 3~4節。主が良くしてくださったことの列挙です。これらは私たちが願い求めている

ことではないかもしれません。しかし私たちにとっての根源的な必要です。私たちの願い

通りになる良いことではなく、私たちにとっての、本当に良いことを主はなされました。

 主はあなたのすべての咎を赦すお方です。そのために神の御子は人として生まれ、罪の

呪いを受けて、十字架で処罰されました。私たちはどれだけ罪を犯してきたでしょうか。

どれだけ間違いを犯してきたのでしょう。神の怒りはどれほど積み上がっているのでしょ

う。しかし私たちの罪のすべてに対して、その処罰は、主イエスの十字架で終わっていま

す。私たちがすることは、自分に罪があることを認め、悔い改めて、十字架によって差し

出された罪の赦しを感謝して、罪からの救いを信仰をもって受け取ることです。

 主はあなたのすべての病を癒やされました。これまでどのような病にかかり、どれだけ

癒やされたでしょうか。私たちの治癒力を強め、いろいろな医療行為を用いて、主が癒や

してくださったのです。その病のときに、いのちを落としていたかもしれません。主なる

神が癒やしてくださったので、今も生きています。主なる神が、私たちの地上生涯を許し

ておられる期間、主はすべての病を癒やしてくださるのです。忘れてはなりません。

 主はあなたのいのちを死の危険から救ってくださいました。これまでの生涯で、いのち

を落としてもおかしくなかったという体験があるでしょうか。交通事故に巻き込まれたこ

とがあるでしょうか。大きな災害に見舞われたことがあるでしょうか。どうしようもない

困難な状況に陥ったことがあるでしょうか。しかし不思議に守られました。主はあなたを

恵みとあわれみで満たされたのです。私たちは自分の力だけで、今に至っているのではあ

りません。様々な助けに支えられ、生かされてきました。主は、あなたに恵みとあわれみ

の冠をかぶらせていたのです。私たちは生かされていることを覚えましょう。

 これら一つ一つを数えあげ、自分にむかって思い出させるのです。主はあなたに、どの

ような良いことをされたのか。その一つ一つを具体的に数えあげて、自分のたましいに語

りかけるのです。主はあなたのすべての咎を赦してくださった。主はあなたのすべての病

を癒やしてくださった。主はあなたを一つ一つの困難から、死の危険から救い出された。

主はあなたのために、恵みのみわざをなしてくださったと。

 5節。主は、あなたの一生を、良いもので満ち足らせます。自分の一生を良いもので満

ち足らせてくださるお方を、私たちは自分の神と仰ぎ、父なる神と親しく呼んでいます。

この、父なる神との霊的な関係を、自分のたましいに確認させるのです。主イエスは弟子

たちに約束しておられるます。「父なる神は、ご自分に求める者たちに、良いものを与え

てくださるお方である」と。私たちも、父なる神に求める者であり、父なる神から良いも

のをいただく信仰者となりましょう。

 さらに、あなたの若さは、鷲のように新しくなるとあります。鷲は翼を広げて、天高く

舞い上がります。その姿は、神から与えられる力の象徴と言えます。神によって与えられ

る勝利の象徴でもあります。私たちは疲れ果てることがあります。つまずき倒れることも

あります。預言者イザヤは神の約束を告げました。「しかし、主を待ち望む者は新しく力

を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。走っても力衰えず、歩いても疲れな

い」と。私たちの主となられた神は、私たちの一生を良いもので満ち足らせ、私たちの若

さを、鷲のように新しくしてくださるのです。

 これまでの生涯を振り返って、主がなしてくださった一つ一つの良いこと、その恵みの

みわざを数えて、主に感謝を献げ、主をほめたたえることを、自分のたましいに呼びかけ

るのです。そしてこれからも、主は、私たちの一生を良いもので満たしてくださいます。

 詩篇103篇は、5節まで、主なる神と私個人の関係を確認し、自分に、主をほめたたえ

るようにと命じました。6節以降は、主と私たちとの関係や、主ご自身について、また主

のみわざについての真理が述べられています。簡単に確認します。

 主ご自身については8節で「主は、あわれみ深く、情け深い。怒るのに遅く、恵み豊か

である」と紹介されています。主の恵みは、主を恐れる者に注がれるのです。11節「御恵

みは、主を恐れる者の上に大きい」13節「主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる」17

節「主の恵みは、とこしえからとこしえまで、主を恐れる者の上にあり、主の義は、その

子らの子たちに及ぶ」とあります。主を恐れる者とは、主なる神を自分の神とし、主のみ

わざを感謝して、主を畏れ敬う者です。怖がるということではなく、畏敬の念を持ち、主

にのみ信頼し、主にのみ従い、主をのみ愛そうとする者のことです。

 私たちがこの地上で、どのような状況に置かれたとしても、たとえ悲惨な状況に陥った

としても、そこに主なる神はともにおられるのです。この霊的真実を忘れてはなりませ

ん。私たちが恐れるお方は主なる神であり、私たちが聞き従うべきお方は主なる神です。

私たちの肉が欲するものではなく、主なる神が与えてくださる良いものを求めましょう。

私たちの一生を、良いもので満ち足らせるお方は、主なる神のみです。

 主の恵みを数えて、主が良くしてくださったことを何一つ忘れない。これを私たちの肝

に銘じるのです。主なる神は、私たちを良いもので満ち足らせるお方です。このお方への

信頼を篤くし、主に感謝を献げ、主をほめたたえて、主に聞き従う決意を新たにするので

す。互いに主をほめたたえることを勧め合いましょう。

 詩篇34篇10節「主を求める者は、良いものに何一つ欠けることはない」とあります。

主とともに歩む者、主を恐れる者に、主は恵みを豊かに注いでくださいます。主なる神の

約束です。


 
 
 

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