2026年7月5日 礼拝「エルサレム陥落の予告」ルカ21:5~9 、20~24
- 7月5日
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主イエスがユダヤ教指導者たちとの問答を終えた後、弟子たちがエルサレム神殿が美し
い石や奉納物で飾られていると話していたことをきっかけに、主イエスが弟子たちに語ら
れたのが21章です。主イエスは、神殿が完全に破壊されること、どの石も崩されずに、ほ
かの石の上に残ることのない、そのような日がやって来ると語られたのです。
7節。弟子たちは、主イエスのことばから、エルサレム神殿が破壊されるとは、世の終
わりではないかと考えて質問しました。それが起こるしるしはどのようなものかと。
その質問に、主イエスは、2重の意味を込めて語られました。ご自分が再び来られる終
末ともうじき起こることになるエルサレムの陥落です。今日私たちは、エルサレムの陥落
の予告を見ます。次回は、主イエスが再び来られる終末の予告を確認します。
ユダヤ人たちは、神の宮、神殿が建てられているエルサレムは決して滅ぼされないと考
えていました。ご自分の宮が建てられているエルサレムだから、主なる神は、必ず守って
くださるはずだと思っていたのです。しかしこの考えは間違っていることは、冷静に考え
れば分かるはずです。新バビロニア帝国によって、ソロモンが建てた神殿は破壊され、エ
ルサレムは陥落し、イスラエル王国は滅亡し、ユダヤ人たちはバビロンに捕囚された歴史
があるからです。彼らは、神によるさばきの現実を見ないようにしていました。
神の民イスラエルは神に背いて偶像礼拝をしていました。マナセ王の時には、エルサレ
ムの神殿の中にまで、偶像礼拝の祭壇を築くほどに甚だしいものでした。もはや神の民イ
スラエルとしての存在意義をなくしたのです。預言者エレミヤを通して、主なる神は「あ
われむのに疲れた」と語り、預言者エゼキエルを通して「あなたがたをあわれまない」と
伝えています。エレミヤは同胞ユダヤ人たちに神のことばを伝えました。バビロンに降伏
する者は生き、自分のいのちを戦勝品として得る。降伏せずに都にとどまる者は、剣と飢
饉と疫病によって死ぬ。しかし王も、民も、エレミヤを通して語られた神のことば、その
勧めや警告に従うことはしなかったのです。そうして神のことばの通り、エルサレムは陥
落し、神殿は破壊されて、都にとどまっていた多くの民は死ぬことになりました。
預言者エレミヤは、捕囚となったユダヤ人たちに手紙を書き送り、神のことばを伝えま
した。バビロンでの捕囚は70年であり、その後、エルサレムに帰らせる。だからバビロン
に家を建てて住み、息子には妻を迎え、娘は嫁がせて、息子、娘を産ませ、そこで増える
ように。減ってはならない、捕囚された町の平安を祈れと命じたのです。
エレミヤを通して語られた神のことばの通り、エルサレムに残った者たちは悲惨な最期
を迎えます。バビロンに降伏した者は、捕囚の地で増え広がり、メディアとペルシア帝国
の誕生とともに、エルサレムへの帰還が始まり、神殿を再建し、城壁を修復しました。エ
ズラ記、ネヘミヤ記に記されています。語られた神のことばは成就するのです。
主イエスは神殿が破壊されることを予告しました。どの石も崩されずに、ほかの石の上
に残ることはないと、神殿の破壊は徹底的になされるとの予告をされたのです。
20節。主イエスはエルサレムの滅亡を予告します。その予兆は、エルサレムが軍隊に囲
まれるのを見たら、ということです。そのときには、エルサレムの滅亡が近づいたことを
悟りなさいと言われます。エルサレムがローマ軍に囲まれたのは紀元66年でした。そして
ユダヤ人たちは、エルサレムに籠城して、ローマ軍と戦い続け、その結果として、紀元70
年に、エルサレムは陥落し、神殿も破壊されたのです。
21節。主イエスは、エルサレムが軍隊に囲まれるの見たら、ユダヤにいる人たちは山へ
逃げなさい、都の中にいる人たちはそこから出て行きなさい。田舎にいる人たちは都に
入ってはいけません、と命じました。キリスト信仰者たちは、この主イエスの命令に従い
ましたが、ユダヤ人たちは、籠城すること、徹底抗戦することを選んだのです。そうして
エルサレムは徹底的に破壊されることになりました。
歴史家ヨセフスが記した『ユダヤ戦記』には、籠城した約110万人のユダヤ人が亡く
なったとあります。飢餓や疫病、その後の虐殺によるものです。別の資料や当時のエルサ
レムの収容能力を考慮して、ヨセフスの記述は誇張であると考える研究者は、数十万規模
の犠牲者とします。どちらにしても、主イエスのことばを信じなかった多くのユダヤ人た
ちが悲惨な最期を遂げたことに変わりはありません。
22節。書かれていることとは、モーセを通して告げられていた「祝福とのろい」ののろ
いであり、預言者たちが神のことばとして告げた警告です。それらは成就します。主なる
神の報復であるという事実を、私たちは受け止めなければなりません。主イエスは明確に
「報復の日々」と語っておられます。主なる神は、神に聞き従う者たちを豊かに祝福され
ますが、神に背く者たちには報復としてのろいを定めたのです。モーセを通して告げられ
た「祝福とのろい」は、申命記28章などに明確に記されています。私たちは、主なる神は
義の神であり、罪をことごとく憎まれる方であると、正しく恐れなければなりません。
23節。報復の日々が始まったときには、身重の女たちと乳飲み子を持つ女たちは哀れで
あると、主イエスは語られました。主イエスの警告を無視した結果は苦難にあうことにな
ります。神の怒りが臨むからです。エルサレムが軍隊に囲まれるの見た段階で、エルサレ
ムから離れた人たちには、これらの苦難が及ぶことはありませんでした。事実エルサレム
がローマ軍に囲まれてから、4年ほどしてエルサレムは陥落したのですから、身重の女た
ちも乳飲み子を持つ女たちも、苦難を受ける前に脱出する機会はありました。
24節。主イエスのことばに従うことをせず、エルサレムに籠城したユダヤ人たちは、剣
の刃に倒れ、捕虜となって、あらゆる国の人々のところへ連れて行かれました。イスラエ
ルの国は滅ぼされ、ユダヤ人たちは全世界に散らさせたのです。異邦人の時が満ちると
は、異邦人の救いの完成の時であり、それは主イエスが再臨される時です。
今私たちは、ユダヤ人も異邦人も、等しく、主イエスを信じる信仰によって救われる終
末の時代を過ごしています。今もエルサレムは、異邦人に踏み荒らされています。主イエ
スが再び来られるときに、聖なる、新しいエルサレムは天から降ってくると、ヨハネの黙
示録にあります。また、その都には神殿がないとあります。全能の神と子なるキリストが
神殿だからです。次回私たちは、世の終わりについての予告を見ますが、神のことば、主
イエスのことばは、その時が来るなら必ず実現することを覚えていたいのです。
神の民とされたイスラエル人は神のことばを退けて、聞き従うことをしませんでした。
その報復としてエルサレムは陥落し、神殿は破壊されました。哀歌には「主のあわれみは
尽きないからだ」とあり、主なる神は私たちが悔い改めることを忍耐をもって待っていて
くださいますが、と同時に、エレミヤを通して「わたしはあわれみのに疲れた」と言わせ
る事態を引き起こすなら、それは神の報復の日となることを忘れてはなりません。
今私たちは終末の時代を過ごしています。主イエスが、いつ、再び来られても良い時代
になっているということです。神のことばの通り、主イエスのことばのとおり、イスラエ
ルの国は滅ぼされ、エルサレムは陥落し、神殿は破壊されました。そうして今、私たちは
主イエスが語られたとおり、人の子、御子イエスさまの到来を待ち望んでいます。その日
は盗人の日のようだと言われています。人々が食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりと
日常生活が続いている、その直中に、突然主の日は来るのです。
今は恵みの時、今は救いの日です。しかし、それは永遠に続くわけではありません。主
イエスが再び来られます。王の王、主の主として、世界を公正にさばくために来られるの
です。神の警告の通りに、エルサレムを陥落させ、神殿を破壊させた公正な義の神は、私
たちが過ごしているこの世をさばく時を定めておられます。その日が私たちにとっては、
喜びと誉れの日であるように、神への信仰をしっかりと保ち、主イエスに聞き従う信仰者
として歩むことを求めましょう。エルサレムの陥落を予告された主イエスは、再びこの世
界に来られることを予告しておられます。私たちはその日を待ち望んでいるのです。




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